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2021年プロジェクトを順次公開します!
No 1 獣医臨床における伴侶動物のQOL向上のための心的状態推定方法の確立:
代表 永澤美保
分担研究者:藤井 洋子、齋藤 弥代子、青木 卓磨、金井詠一、高木 哲、髙橋 広樹、五十嵐 寛高
イヌは家畜化の過程でヒトに似た社会的認知能力を獲得し、その認知基盤のもとにヒトと情緒的結びつきを共進化させ(Science 2015, 永澤業績12)、いまやヒトに不可欠な存在となっている。このような強い結びつきは、本来同種間に認められる情動伝染を異種であるヒトとイヌの間にも生じさせ、双方の情動状態が互いに影響しあうことが示唆されている(17)。また、ネコも、近年のブームによりイヌ化が進んでいると言われ、飼い主との情緒的な結びつきが急速に強くなっている。このような背景から、今後の獣医療は動物の診断・治療のみならず、その治療過程を通して動物のQOLを高めることで、飼い主のQOL向上に貢献するものであると強く意識すべきであろう。そのため、社会的文脈にも大きく依存する伴侶動物の心的状態を、治療過程において客観的かつ正確に把握できる簡便な方法を確立することが望まれる。AIの発達に伴い、機械学習によるヒトの動きや表情から心的状態の自動判定が進められており、申請者はすでにこの技術を応用してイヌの動作解析プログラムの開発に取り組んでいる。
以上のことから、本申請では、獣医臨床場面での実用可能な心的状態推定プログラムの完成を目指し、治療過程の伴侶動物のデータ収集および評価を行い、獣医臨床における伴侶動物のQOL向上のための心的状態推定方法の確立を目的とする。
No 2 網羅的解析手法を用いた野生動物の食性と感染症媒介ルートの解明:
代表:南正人
分担研究者:平健介、竹田志郎、川原井晋平、水野谷航、藤井洋子、勝俣昌也
野生動物との共存は、人間社会にとっての命題である。日本ではニホンオオカミを絶滅させたことによって、日本の生態系は頂点捕食者を失い、被食者となるその他野生動物のマネジメントは人間にゆだねられた。狩猟や許可捕獲によって野生動物の個体数の管理を試みているが、資源としての利用が不十分な状況下では、充分には機能していない。そのため、植生を含めた生態系への大きな影響やライフラインへのリスクを野生動物が与えるようになった。さらに、野生動物の分布域の拡大と増加は、家畜、人間、農作物への伝染病の蔓延をもたらしている。野生動物の資源化は野生動物のマネジメントに有効な手段を提供する可能性が高い。我々はこれまでに野生動物の資源化のために、人間と共存に至った家庭犬(Canis lupus familiaris)をオオカミの代わりとして、野生獣肉をペットフードとして利活用することを目的としてきた。このために、我々は、野生動物(シカ)の資源化・有効活用による共生システム構築のための微生物研究を麻布大学ブランディング事業として行い、長野県小諸市における野生シカの獣肉をペットフード化して利活用事業を成立することに貢献した。本研究では、ペットフードとしての獣肉の品質向上とその機能性栄養素として明らかとしたカルニチンについて継続して研究する。さらに、野生動物の植物生態系への影響と、伝染病の蔓延の見地からその媒介ルートの疫学調査を行うことを目的としている。これらが明らかになることで、現時点における野生動物の環境破壊のモニタリングおよび媒介する伝染病の保因状況を明らかとすることができ、課題の有無と将来起こるべき問題を予測することができる。
No 3 変異型SAAを介したAAアミロイド症の病理発生機序の解明:
代表:上家潤一
分担研究者:坂上 元治、荻原 喜久美、相原 尚之、小澤 秋沙
本研究の成果として、ヒトを含めた哺乳類に共通するAAアミロイド症の発生機序を明らかにすることが期待される。これまでにブランディング事業を進める中で、肝細胞におけるSAA遺伝子の体細胞変異がAAアミロイド症に関与することを明らかにした。興味深いことに、ヒト、犬、牛、豚、山羊においてSAA遺伝子の共通する部位に変異が生じている見出しており、哺乳類に共通した変異型SAAを介した病理発生機序が示唆される。しかし、病理発生における変異型SAA役割は明らかではない。
本研究では変異型SAAの役割を明らかにする。AAアミロイド症罹患動物では、肝臓、腎臓、脾臓にアミロイドが高率に沈着する。これら組織でアミロイド分布は特定の傾向があり、肝臓ではディッセ腔、腎臓では糸球体もしくは髄質の間質、脾臓では鞘動脈もしくは濾胞中心動脈に沈着が好発する。これらの沈着部位に共通するのは基底膜(肝臓では細網繊維)の存在である。基底膜構成成分がアミロイド線維形成に関与していることが考えられる。本研究では、病理発生機序として、①SAA遺伝子の体細胞変異、②炎症による野生型および変異型SAAの血中濃度上昇、③変異型SAAのプロテオグリカンを介した基底膜への沈着と線維形成、④変異型SAA線維をアミロイド核とした野生型SAAのアミロイド化を提唱する。本年度研究では、基底膜に含まれるプロテオグリカンが変異型SAAと結合し、アミロイド線維形成を促進することを明らかにする。
また、ヒトのSAA遺伝子変異はAAアミロイド症のリスクファクターである可能性が高い。本研究の達成により、変異型SAAをAAアミロイド症発症を予測するマーカーとして確立する。
No 4 ヒト・動物の雌生殖機能に関わる共進化遺伝子の解明~亜鉛シグナルに着目して~:
代表:伊藤潤哉
分担研究者:本田晃子、野口倫子、寺川純平
ヒトを含む有胎盤類では,次世代へと「種」を残すために受精卵の発育から個体発生を支える母体側の生殖機能が必須である.現在,ヒトにおいて不妊症が深刻な社会問題となっており,産業動物のウシにおいても,人工授精や受精卵移植による受胎率は年々低下している.これまでに様々な生殖制御技術が開発・改良され,品質の高い受精卵を効率よく作製することが可能となった一方,妊娠における母体側の生殖機能の構成的な理解は遅れている.このことから,ヒトにおける不妊症のさらなる改善や生殖器関連疾患の予防・治療法の確立,産業動物の受胎率向上に向けて,種を超えて保存されている生殖機能の解明が必要であると考えられる.
母体側の生殖機能において,成熟した内部生殖器の形態や胚着床,胎盤の形態形成の様式は種によって様々であるが,内部生殖器(卵巣・卵管・子宮)の構造は発生段階では広く保存されている.即ち,雌生殖器の発生過程においてヒト・動物に共通な共進化遺伝子が存在し,その制御機構が存在すると考えられる.
申請者らは,これまでに必須微量元素である亜鉛イオンおよびその輸送を司る亜鉛トランスポーターに着目し研究を行ってきた.本研究では,亜鉛トランスポーターを哺乳類雌生殖器の発生およびその後の機能における共進化遺伝子として捉え,種に共通なZIP遺伝子を介した亜鉛シグナルの機能解明を行う.
No 5 動物種横断的ゲノム解析による家畜化関連遺伝子の探索:
代表:田中和明
分担研究者:久世 明香、戸張 靖子、勝俣 昌也、加瀬 ちひろ
本研究の目的は、家畜化に関わる遺伝的基盤を、複数の家畜動物を用いた横断的ゲノム解析により明らかにすることである。
本研究は、昨年度までの共生科学センタープロジェクトの一部を継続・発展させるものである。最古の家畜動物と言われるイヌは、祖先種であるオオカミと比較し、ヒトに類似した社会認知能力を獲得していることが知られている。例えば、解決不可能な課題に直面したとき、イヌはヒトに対して視線を向けるが、オオカミはそのような行動を示さない。ところが、遺伝的にオオカミに近い柴犬では、視線の利用に大きな個体差が存在することが明らかとなり、柴犬約60頭を対象に、解決不可能課題における視線の利用を指標としてゲノムワイド関連解析を実施した。その結果、第10番染色体上に有意な一塩基多型が見つかり、その付近には、ストレス応答を司る視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸の調節に関わる遺伝子を含め、脳機能や精神発達に関わる遺伝子が4つ存在していた。家畜化の経緯は動物種によって異なるものの、家畜動物はその野生種と比較し、骨格や脳容積の変化とともに、ヒトに対する恐怖反応の低下、攻撃性の低下、ストレス応答性の変化などが共通して認められる。このような特徴から、柴犬から絞り込んだ4つの候補遺伝子は、イヌに特異的なものではなく、ヒトを含めた家畜動物に共通する家畜化関連遺伝子となる可能性が考えられる。この仮説を検証するために、本研究では、複数の家畜動物を対象に、候補遺伝子の横断的解析を行い、家畜化関連遺伝子の同定を目指す。
No 6 シンバイオティクス製剤の開発:
代表:永根大幹
研究協力者:竹田志郎
腸内細菌叢は生体の健康に大きく影響を与えることが知られており、プロバイオティクスやプレバイオティクスの概念のもと食事やサプリメントを活用し、腸内細菌叢への介入が行われている。また近年ではプロバイオティクスの生体内での定着を図るため、プロバイオティクスとプレバイオティクスを組合わせたシンバイオティクスも知られてきた。
いくつかの菌はプロバイオティクスの候補細菌として知られており様々な有用作用が期待される。そこで本研究では、シンバイオティクス製剤の基礎的な検討を実施する。本研究はOne Healthの概念の下、ヒトだけでなく動物のQOL向上に資する研究提案である。
No 7 細菌叢クロストークに着目したイヌとの共生によるヒト健康促進機序の解明:
代表:茂木一孝
分担研究者:石原淳子、山本純平、久世明香、竹田志郎、内山淳平、守口徹、小手森綾香、原馬明子
本研究の目的は、イヌとの共生が細菌叢を介してヒトの健康、特にメンタルヘルスを促進すること及びそのメカニズムを、コホート研究やマウスを用いた実証研究から明らかにするとともに、有用なイヌ細菌を特定することである。
本研究は昨年度までの共生科学センタープロジェクト内容を継続・発展させるものである。これまで本プロジェクトは3,300名の児童の思春期メンタルヘルスを10歳時点から追跡調査する大規模コホート研究(東京ティーンコホート)に参画し、10歳、12歳時点での横断的な解析からは、イヌの飼育経験によって攻撃的問題、不安/抑うつなどが低くなるといったことを見いだしてきた。14歳時点のデータが入手できたことから、因果関係を明確にできる縦断的解析を実施できれば、より価値の高い成果を得られる。動物共生の暴露評価方法は世界的にみて確立されておらず、その開発も待たれている。また本プロジェクトは、細菌叢変化が中枢神経にまで影響を与える多くの報告、そして最も古い家畜化動物であるイヌとヒトの細菌叢は長い共生の歴史のなかで互いに影響しあっているのではないかという考えから、“イヌ飼育による細菌叢変化が児童のメンタルヘルスを促進する”という大胆な仮説の検証に取り組んできた。12歳時点での376名の児童のサブコホートから得た細菌叢データからは、児童の心理指標と相関する細菌も見いだしてきている。しかし、仮説実証には細菌叢データとコホートデータの関連解析をさらに進め、実際に児童の細菌を無菌マウスに投与するなどの実証研究が必須である。またこれまでイヌの口腔内細菌培養方法などを確立し、イヌ細菌ライブラリーを充実させてきた。そして、イヌ唾液中細菌のマウスへの投与によって、メンタルヘルスに重要なホルモンであるオキシトシンの産生量が増加するといったことも見いだしてきた。イヌ細菌ライブラリーのマウスでの効果検証から、有用なイヌ細菌の絞り込みが期待できる。また細菌叢がメンタルヘルスに影響を与えるメカニズム解明の学術的価値は極めて高い。
No 8 都市ダヌキの寄生虫感染リスク評価と感染源対策〜トキソカラ症に注目して:
代表:塚田英晴
分担研究者:平健介、加瀬ちひろ
本研究では、都市ダヌキの生息拡大に伴う人獣共通感染症感染リスクを評価し、その感染源対策を検討する。とりわけ、タヌキが媒介する可能性の高いトキソカラ症に注目し、ミミズ類が待機宿主となる仮説に基づいて、その基礎となる野外での生活環を解明する。タヌキが主たる宿主となるが、その野外での感染ルートがほとんどわかっていない狸回虫Toxocara tanukiの生活環を解明することで、ヒトや伴侶動物への疾病リスクの推定および感染制御に役立てる。
No 9 新興ウイルス感染症に対抗する広域スペクトル抗ウイルス剤開発を目指した基礎的研究:
代表:紙透伸治
分担研究者:村上 裕信、藤野 寛、加瀬 ちひろ
現在、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大が世界的な問題となっているが、これまでにこのような新興ウイルス感染症は度々出現してきた。SARS・MARSコロナウイルス、エボラウイルス、鳥インフルエンザなど動物を宿主としていたウイルスがヒトへと感染し、局所的あるいは世界的な規模で感染を広げ、甚大な被害を及ぼしてきた。このため、SARS-CoV-2の終息後も新たなウイルス病原体による新興感染症が拡大する可能性は十分に予想される。
既存のウイルス感染症の治療には抗ウイルス薬が広く用いられている。SARS-CoV-2のように急速に感染拡大する新たなウイルスに対しては、既存の他種のウイルスに対する治療薬が転用される。しかしながら、抗ウイルス薬はその特異性の高さから、他種に対しては効果が限定的であるケースも多く見受けられる。そこで最近、1種のウイルスに対して効果を示すだけでなく、複数のウイルスに対して効果を示す「広域スペクトル抗ウイルス剤(Broad-spectrum antiviral agents, 以下BSAAsと略)が注目されている。そこで、我々は私大ブランディング事業のプロジェクトで創出された各種抗ウイルス物質に関する研究をさらに発展させることで、BSAAsの開発を目指す。
本研究により、人獣共通ウイルス感染症に対するシーズが得られることが期待されるだけでなく、新興ウイルス感染症に対抗する新たなタイプの抗ウイルス薬へと発展する可能性が期待できる。このような研究を経て、本学の理念であるOne healthを目指す。
No 10 伴侶動物における新型コロナウイルス感染症サーベイランス:
代表:久末正晴
分担研究者:内山淳平、川本恵子、松井清彦、村上裕信
現在、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症の世界的な大流行が続いる。ヒトからネコにSARS-CoV-2伝播することが明らかにされており、ネコがSARS-CoV-2のキャリアとなる可能性が考えられる。2020年2月、中国の武漢では、約10%の猫がSARS-CoV-2に対する中和抗体を保有していることが報告された。そのため、ネコにSARS-CoV-2を感染させないことが、ヒトのSARS-CoV-2の感染対策に極めて重要である。
現在、日本国内での伴侶動物のSARS-CoV-2感染状況は全く調査されていない。また、大規模な血清疫学調査は行われていない。以上から、本研究では、SARS-CoV-2の感染状況や人と伴侶動物間の感染リスクを正しく評価し、「ネコと接する際に注意すべき、新たな生活様式の在り方を決定する」ことを目的に、麻布大学を中核として関東の動物病院に来院する猫の血液を集め、SARS-CoV-2に対するIgG抗体の保有率を調べる大規模な疫学調査を行う。